PL学園野球部廃部から2年、OB・立浪和義氏の今の思い: みじかめっ!なんJ

その他 2025/11/03 15:18
PL学園野球部廃部から2年、OB・立浪和義氏の今の思い: みじかめっ!なんJ
1 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:52:52.02 ID:W7MhdMSap
nanj31

全国屈指の激戦区といわれた大阪では、1960年代から1980年代にかけて、私学七強がその覇を競い合う戦国時代があった。

興国、明星、浪商(現・大体大浪商)、近大附属、北陽(現・関大北陽)、大鉄(現・阪南大高)。そして、全国制覇7度を誇るPL学園──。

かつて甲子園を沸かせたいずれの私立も、甲子園から遠のいて久しい(2008年夏の近大附が最後)。
没落した七強の象徴が、2年前に野球部が消滅してしまったPL学園だろう。

「僕らの時代は甲子園を勝ち抜くことよりも、大阪を勝ち上がることの方が難しかった」

そう語るのは、中日ドラゴンズで活躍した立浪和義だ。1978年に“逆転のPL”で初めて夏の全国制覇を果たし、2学年上にあたるKK(桑田真澄、清原和博)が甲子園に連続出場していた当時、PLは黄金期を迎えていた。
一度は大商大堺への進学を決めていた立浪は、高校受験の土壇場で、どこより生存競争の厳しいPLに進路を変更した。

「当時、PLには選ばれた選手しか入れなかった。そのPLに声をかけてもらったのだから、行くしかないな、と。
僕らは桑田さん、清原さんらのチームと比較されていましたから、負けられないというプレッシャーは常にありました」

立浪が主将となった1987年、PL学園は春夏連覇を達成する。野村弘(弘樹に改名)や橋本清ら、3人の投手を惜しみなく投入し、圧倒的な戦力で日本一を達成した。
複数投手制を敷いた戦いぶりは、現代野球の先駆けといえる。

その後、KKや立浪、福留孝介らがプロで活躍する一方、PL学園の母体であるPL教団は、野球部の後ろ盾でもあった2代教祖・御木徳近(1982年逝去)という求心力を失い、それに伴う信者の減少によって、野球部への支援は以前より減ってしまう。

2000年代に入ると、度重なる不祥事の発覚によって、PL野球の背景にある理不尽な先輩・後輩の関係、暴力体質が明るみに出て、信頼は失墜した。
全国の球児のPLに対する憧れが、1990年代以降に台頭してきた大阪桐蔭や履正社に移っていく。
2 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:53:11.85 ID:ThlCF0UL0
さすが素晴らしい先輩
3 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:53:43.83 ID:W7MhdMSap
「厳しい上下関係はPLだけでなく、どこの学校にも、どんな部活動にも少なからずあったと思うんです。行きすぎた行為は許されませんが、スポーツの厳しさの中から学ぶことはある。
最近は厳しい指導がやりにくい世の中になった。スポーツって、根気よく練習しないとうまくならないじゃないですか。
それと一緒で、先輩・後輩の厳しさの中から我慢を覚えることで、社会に出た時、理不尽なことに遭遇しても、耐えられる人間を育めると思うんです」

2013年にも、3年生の2年生に対する暴力事件が発覚し、6か月もの対外試合禁止処分が下る。
事件当時、PL学園の2年生だったのが、今秋のドラフト上位候補である中川圭太(東洋大4年・主将)だ。彼自身はレギュラーとして試合に出場していた。当時をこう振り返る。

「PLのユニフォームを着て野球がしたい、甲子園に出たいという気持ちで入学したのに、ユニフォームを着られない悔しさはあったし、何のためにここに来たのか、という思いは抱えていました。6か月は長かった」

最後の夏を経験できなかった先輩は引退し、中川が主将となってスタートした新チームの監督には、野球経験のない当時の校長が据えられた。
この頃から教団は、廃部へ舵を切っていた。

最後の夏、中川はセカンドを守りながら守備隊形を指示し、攻撃時はサインを出していた。チームは大阪大会の決勝まで進出し、大阪桐蔭と対戦した。

「実質、監督がいない中で、自分が監督の役割を担うことで、野球そのものを学べた。
甲子園には出場できませんでしたが、僕はPLの野球部で良かったと思うし、だからこそ今も野球を続けられているんだと思います。目標とするプロに遠回りしたとは思っていません」

これまで81人のプロ野球選手を輩出したPL学園だが、立浪は「現役選手がいなくなっていくのが寂しい」と吐露し、PLの名が忘れられてしまうことを危惧していた。
この秋、“82人目”は誕生するだろうか。(文中敬称略)

●取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター、『永遠のPL学園』著者)

※週刊ポスト2018年8月10日号
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180731-00000002-pseven-spo&p=2
5 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:54:17.87 ID:JWCmC1Mvp
素晴らしい先輩
7 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:56:52.82 ID:E59ddElSd
てか立浪とか桑田って廃部が残念残念言うけど
何も助け舟出さないよな
今なら監督できるやろ確か 新たに作り直せばええやん
なんなら片岡監督でええで
12 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:00:53.73 ID:4WRFckY5a
>>7
桑田はPL最後の試合や存続関連の行事で見たけど
立浪はそういうのでてないな こういう記事で思いを語るだけや
13 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:01:20.67 ID:54f29h/od
>>7
桑田なんてそもそもPL衰退の戦犯中の戦犯やし口だけで気にしてなさそう
9 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 11:59:50.07 ID:ZARaUlZx0
上宮は7強じゃないのか
11 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:00:29.00 ID:mGGQ4y15a
厳しい上下関係は必要いうけどそれを一切排除して黄金期を築いてるのが大阪桐蔭やからなぁ
17 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:02:34.94 ID:6g+inBDOd
片岡:当時、苦しい時や辛い時は、寮の屋上へ上がって皆で泣いていた。
「しんどいなァ」「辞めてやろうかな」とか愚痴をいってね。
でも立浪だけはそんな時でもマスコットバットを振っていた。

ある時、僕が実家の京都のほうを眺めながらしみじみ泣いていると、立浪がやって来て
「片岡、そっちは和歌山や。京都は反対や」と教えてくれた。
お前、どんだけ冷静やねんと思ったね

※週刊ポスト2015年5月8・15日号
24 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:04:07.22 ID:3iGD2ggA0
>>17
素晴らしいツッコミ
20 風吹けば名無し 2018/07/31(火) 12:03:12.02 ID:hXf4jnFt0
PLOBなんか大物たくさんいるんやから誰か監督やって建て直したろうみたいなのおらんのかね